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我ら昭和三十年代生まれ

思い出の「新日本紀行」

ろくにとって昭和を代表するテレビ番組としてはずせないのが昭和38年から53年まで放映されたNHKの「新日本紀行」だ。

富田勲作曲のテーマ音楽も実によくマッチしていて、まだガキンチョだった僕でも「ああ、日本の田舎はこの様な風景・風習なのだなあ~。」とわびさびを感じていたものだ。

今でも脳裏に焼きついている映像がある。

場所は多分北国の日本海側(ろくは勝手に北海道の積丹半島だと思い込んでいるが)・・・

冬の荒れた海沿いの漁村の風景で、もちろん雪もつもっている。

行き止まりの集落であるのか、道路が海に向かって終わっている。

ウミネコだかの白い鳥が群れている。

なんという寂しげな、そして空腹感を感じる風景だろう。(人間寒さを感じただけで腹が減るのだ)

 そういう風景の中をほっかむり姿の老人がよたよたと歩いていく。

当時白黒だった「新日本紀行」の映像は鬼気迫るものがあったと思う。

こぼれ話だが、当時ビデオテープは大変高価だったので消去して使いまわすことが殆どであったといわれている。

でもさすが天下のNHKはこの番組だけはオリジナルテープを残していた。

日本で最初の紀行番組はこうしてその当時を伝える重要な役割を果たしたのだ。

できることなら、ろくの脳裏に焼きついたあの風景と再会したいものだ。

七三分け

昭和30年代を代表する男の髪型といったらマチガイなく「七三分け(しちさんわけ」だろう。

ろくの子供の頃の白黒写真を見ると、例外なく七三わけの髪型の男たちが写っている。

ろくの父も七三わけであった。

特に観光地での七三わけの出現率は多分「ハゲ」と「天パー(天然パーマ=くせっ毛)以外はほぼ100パーセントこれであった気がする。

またビジネス街も同様の光景だった。

名前が示すように7:3の割合で髪を流すのであるが、なぜ8:2とか6:4が流行らなかったのだろう?

ネットで調べても分からなかったし、七三わけの情報そのものが意外に少なかった。

まあ、前述の疑問を自分なりに推測すると、真ん中わけを5:5とするとその次に変化を感じることが出来る位置が7:3なのであって、6:4では分け目の移動が少なすぎ、8:2では動きすぎ・・・ということなのでは?

それと髪型にも黄金比率のような「バランスが取れているから美しい比率」があるのではないか?ということだ。

9:1ではどこかの漫才師(彼はネタにしているが)みたいに失笑を買うもんね。

そういえばどこかの政治家も9:1だったなぁ・・・右の髪を左にもっていって・・・(こういうのをスダレ頭というらしい)

ま、そういうことで髪型なんかにかまっていられなかった戦時中(坊主頭)から豊かになっていく時代の中で生まれた髪形が七三わけであったことよ。

カトちゃんぺっっ!

昭和30年代の風物詩というか風景的ファッションとしてはずせないのがステテコだ。

今の若者はステテコと言われても「何?それ」だろう。

 ズボンの中に穿くタイツをヒザの辺で切ったようなもので、夏場蒸し暑い時に汗を吸う役目の一種の下着である。

もしもテレビで見たことがあるとしたら、ドリフターズの「カトちゃんぺっっ!」のキャラでおなじみの禿げオヤジの格好か、「男は辛いよ」の寅さんが夏くつろいでいる姿だろう。

昭和30年代に高級品とされていたクレープ生地の量産が可能になり生産高が急増した。

吸湿性の良さと爽やかな穿き心地を両立し、蒸し暑い日本の夏に適した肌着としてたちまち世のオトーサン達が愛用した。

ステテコは、ゆったりとしていて肌にぴったり付かないのが特徴で着心地がいい上に大変涼しいという美点があったためお父さん達の夏の定番スタイルとして大流行したのである。

夏の夕涼み、縁台で将棋をさしているオト-サンの格好はほぼ8割がたステテコ姿だったのではないか・・・

でもブームには必ず終わりがつきもの・・・

ステテコもまたその例外ではなかった。

1970年代、ジーンズが大流行して最先端のファッションに身を包んだ若者たちには「ステテコ イコール 格好悪い」という意識が蔓延してしまう。

Tシャツとジーパンの普及、加えて生活様式の変化でステテコはく人も減り、時代とともに衰退の道をたどることになったのである。

 今振り返ると笑えるファッションではあるが、日本の風土に則した究極の「クールビズスタイル」だったと言えるのではないかな。 

魚肉ソーセージ

魚肉ソーセージは数奇な運命をたどった日本独自の食べ物である。

魚のすり身を原材料に大正時代から開発されていたかまぼこの一種の「ねり物」なのだが、ソーセージ(本家ドイツでは中身は肉)に似せてある外観が特徴だ。

ビキニ環礁で行われた水爆実験の為「放射能マグロ」と嫌われた風評被害から立ち直るために加工食品化したといわれる。

学校給食にも取り入れられて生産高はピークに達した。

昭和30年代は「子供のおやつ」として、また「酒のつまみ」として大々的に売れるようになっていた。

ところが昭和49年魚肉ソーセージに使われていた食品添加物が癌を引き起こすと問題になった上に漁業権200海里問題で生産高は急落した。

全家庭に冷蔵庫がゆきわたり低温輸送技術も向上。

食肉および食肉加工品がどんどん食卓へと並ぶようになったこともあってもはや食肉代用品として価値が見出せなくなった魚肉ソーセージはさらに生産量を減らしていった。

しかし、その後消滅するかに見えた魚肉ソーセージは畜肉ソーセージより低カロリー・低脂肪・高タンパクで、健康指向の風潮に改めて見直されるようになった。

また、BSE鳥インフルエンザなど食肉の安全性が失墜したことも、魚肉ソーセージが再びクローズアップされる要因になった。

それまでの凋落から一転して人気が急上昇し、メーカーは突然のフル生産体制をとるなど、かなり当惑したらしい。

かつては、代用品としての後ろめたさからか「メーカー名ソーセージ」と「魚肉」という言葉を隠すようにしていた時期もあったが、最近の健康指向にのり、むしろ魚肉であることを積極的に表示するようになり、「フィッシュソーセージ」とか「おさかなソーセージ」と表示するようになっているのを見ると波乱万丈の運命を感じるのである。

缶詰の今昔

缶詰

今のシーチキンなどの缶詰が当たり前だと思っている人は、多分「缶切」で缶詰をギコギコしたことはないかもね。

 昭和30年代にかぎらず、平成になるまでは缶きりが必要だったように思う。

今でも外国の缶詰には昔ながらのタイプが多い。

 ・・・・ってことは日本の缶詰、それもシーチキンタイプのものは世界でも稀な缶詰ということか?

プルトップを引っ張るだけで開くし、缶の片側の底面は丸みを帯びた一体成型だし、また、絵柄も缶に直接印刷されているし・・・

気づかないうちに日本の缶詰はハイテク缶詰に進化していたのである。

どおりで、プルトップオープンの製造法を考えた金型屋が億万長者になったとか噂で聞いた気がする。

昔の缶詰は両方のフタがあって、絵は紙の帯に印刷されて缶に巻き付けていた。

上下の直径が同じだったので、スタッキング(積み重ね)もしにくかった。

今のものは3缶も5缶も重ねて結束して売ってるよね。

こりゃまんまと缶詰メーカーの策略にのってしまったみたいだ。

ろくの記憶に一番残っているのは「リリー印のパイナップル缶詰」だったりする。

缶切でギコギコ開けるのは楽しいひと時だったよ。

昭和的事故

昭和時代ならではのハプニングというか事故というか・・・

農作物にまだ化学肥料ではなく、金肥(つまりウ●コ)を肥料として撒いていたので、畑には「野ツボ」といわれる肥溜めがあった。

 ・・・で昭和の元気すぎる子供たちは、鬼ごっこやかくれんぼの時に「なぜか」はまってしまうのである。

幼馴染のT君やKちゃんが「全身くそまみれ」になったのを見たことがある・・・恐ろしい・・・

幸いろくは全身ではなく「片足を突っ込んだくらいですんだ。」が子供心に「ちゃんとフタしとけよなぁ!」と憤ったものだが、農家の方はしらんぷりなのだった。

今なら「安全対策を講じる義務」を行政指導されるかも・・・

小さいころの話なので真実は知らないが、「肥溜めに落ちると、どんなに念入りに洗っても3日は臭いが抜けなかったんだぜっ!」となぜかいばっていた友人がいたことをおもいだす。(野ツボに落ちることが勲章なのか?)

昭和30年代の畑の風景は野ツボと走り回るガキンチョの姿であった。

昭和を風靡した音響装置とは2

えー、それはカセットテープです。

これを知らない人は100万人に一人さえいないでしょう。

ケースに収納されているために持ち運びや取り扱いが飛躍的にしやすくなったところが受けて大大ヒットとなりました。

ネジは産業の米といわれますが、さしずめカセットテープは音楽のパン・・・?といったところで「音楽を持ち歩く」ことが出来るようになり、常時音楽を聴くことができるようになった功績は大変大きいと思います。

音質も徐々に改善されていき、クロームやメタルといったハイファイなカセットテープが生まれました。

ろくたち音楽好きはカセットテープ購入にかなりの小遣いを当てていました。

カセットの取り扱いの簡便さの魅力をさらに携帯性にまで発展させたことで一大センセーションを巻き起こしたのが、これまた皆さんが知っている「ウォークマン」でした。

携帯音楽プレーヤー幕開けの時代でしたねー。

その後音質向上のために、ビデオテープぐらいの大きさのエルカセットというものが開発されたのですがこちらは大きさがあだになって短命に終わりました。

やっぱり「小さいこと」がカセットテープの一番の価値だったのですね。

しかし一世を風靡したカセットテープも接触式のために磨耗劣化することは避けられず、その後の非接触式のCDにとって代わられていくのでした。

昭和を風靡した音響装置とは

平成の現代、音楽を楽しもうと思ったら、DVDかmp3ですよね。

ろくはCD・DVDまではなんとかついていけましたがmp3になるともういけません。

なにがどうなって音が出るのかさっぱり理解できましぇ~ん。

その点レコードやテープは理屈がわかりやすかった。

音溝と針・磁気テープとヘッドが擦れあう接触式でしたからね。

CD・DVDもレーザー光線を針やヘッドの代わりに接触させて読み取っているらしいです・・・・・

でもmp3はその原理がわかりません・・・・っていうか知ろうともしていないのかも・・・

「面倒くさそう!!」と放棄していますね。(笑

さてろくが一番お世話になった音響装置はカセットテープです。

今1000本ぐらいあるんじゃないかなぁ。

父親の時代ならオープンリール形式なんですが、あれは確かに取り扱いが面倒でした。

それに比べて・・・・・あ、出かける時間なのであとはまた明日にします。

それにしても犬は可愛いけど

昭和30年代から40年代にかけて流行ったのが「スピッツ」という犬を飼うことだった。

ゴルデンレトリバーや、ハスキー犬、ミニチュアダックスなどの流行と同じである。

 ろくは犬が好きなのでいままで、トイプードルや柴犬・雑種を飼ってきた。

それでいうとどうもスピッツはキャンキャンと無駄吠えの多い犬種であったように思えてならない。

真っ白なところが「白色好きな」日本人に受けたのだろうが、そのはしかさには飼い主も手を焼いたのではなかろうか?

ジャーマンスピッツがルーツらしいが頭が良く飼い主のいうことをよくきくようで、日本ではブームは去ったが外国では今かなり人気らしい。

・・・ってことは当時単にシツケがなっていなかったということだろうか?

ま、とにかくペットは躾が勝負!

猫可愛がりもいいが躾だけはしっかりしないとペットも飼い主も、さらには近所の人にも不幸である。

ろくは、躾の足らない犬のためにエライ目にあったことから、躾にはウルサイのである。

ヤナギゴオリとは?

ヤナギゴオリ

現代の若い人は多分全く知らないと思うけど「ヤナギゴオリ」ってしっていますか?

正確には漢字で「柳行李」と書きます。

コリヤナギという木の樹皮をはいで、細く裂いて乾燥させたものを材料に編み上げた物入れの一種です。

現代のダンボール箱のように、引越しの時や、旅行の時に使われていました。

軽くて丈夫な箱のため昭和30年代にはまだまだ現役で使われており、各家庭には必ず一個はあったのでは?

ろくもかくれんぼの時にこの「ヤナギゴオリ」の中に隠れた思い出がありますが、こんな漢字の名前だというのは最近になって知りました。

ヤナギは「ははーん材料の木の種類だな」とは推察できますが、コウリが行李とは・・・

旅行の際に荷物を運搬するのに使われたので「旅行に持っていく荷物」または「旅の支度」という意味だそうです。

つまり昔のスーツケースなわけです。

言い得て妙とはこのことでしょうか。

今ではほとんど見かけなくなった「柳行李」・・・兵庫県豊岡市が産地らしいが、まだ生産されているのだろうか・・・

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