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昭和のヘアスタイル
七三分け
- 2008-03-11 (火)
- 昭和のヘアスタイル
昭和30年代を代表する男の髪型といったらマチガイなく「七三分け(しちさんわけ」だろう。
ろくの子供の頃の白黒写真を見ると、例外なく七三わけの髪型の男たちが写っている。
ろくの父も七三わけであった。
特に観光地での七三わけの出現率は多分「ハゲ」と「天パー(天然パーマ=くせっ毛)以外はほぼ100パーセントこれであった気がする。
またビジネス街も同様の光景だった。
名前が示すように7:3の割合で髪を流すのであるが、なぜ8:2とか6:4が流行らなかったのだろう?
ネットで調べても分からなかったし、七三わけの情報そのものが意外に少なかった。
まあ、前述の疑問を自分なりに推測すると、真ん中わけを5:5とするとその次に変化を感じることが出来る位置が7:3なのであって、6:4では分け目の移動が少なすぎ、8:2では動きすぎ・・・ということなのでは?
それと髪型にも黄金比率のような「バランスが取れているから美しい比率」があるのではないか?ということだ。
9:1ではどこかの漫才師(彼はネタにしているが)みたいに失笑を買うもんね。
そういえばどこかの政治家も9:1だったなぁ・・・右の髪を左にもっていって・・・(こういうのをスダレ頭というらしい)
ま、そういうことで髪型なんかにかまっていられなかった戦時中(坊主頭)から豊かになっていく時代の中で生まれた髪形が七三わけであったことよ。
昭和のヘアスタイル
- 2007-12-10 (月)
- 昭和のヘアスタイル
「昭和のヘアスタイル」といっても子供の髪型なんですがね・・・
昭和といっても64年間もあるわけなので、今回の昭和のヘアスタイルは「ろく」の子供時代の昭和40年頃の話です。
ようやくそこそこ生活レベルが上がってきた年代なので多分「浮浪児」や「乞食」(差別用語かな?)が少なくなった時期ではなかったかとおもいます。
当時の子供のヘアスタイルは男の子は「坊ちゃん刈り」、女の子は「おかっぱ」と決まっていました。
このヘアスタイルの特徴はおでこの所や襟足の所が一直線にカットされていることです。
生活レベルが上がって「身綺麗」な格好が求められた結果だと思います。
貧乏な状態や先に挙げた「(気の毒にも)浮浪児や乞食」の状態では髪型を整える余裕などなく、ボサボサの原始人みたいな格好だったことでしょう。
「髪型を整える為にハサミをいれました。」ということをアピールするのには「坊ちゃん刈りや、おかっぱ」が一番分かりやすかったから流行ったのではないかと思います。
まあ、地域によっては坊主頭が中学校まで強要されたところもあるようですが・・・
その場合も女の子は「おかっぱ」が標準だったようです。
時代は流れ1970年代の「長髪」、80年代の「パンクヘア」平成の今では「つんつんヘア」や「ホストヘア」などよく言えば「ナチュラル感」、悪く言えば「だらしない」感じのスタイルが一般的です。
きっちり「七三わけ」の人なども中高年のオジサンだけで、子供には見られなくなりましたね。
ヘアスタイルは「時代を映す」ようです。
きっちり、くっきりの「坊ちゃん刈り・おかっぱ」の時代はまた巡ってくるのでしょうか?
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