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昭和の道具

手押しポンプふまきら

昭和30年代はまだ下水の整備が不十分だったこともあり、蚊や蝿が多かった。

よく梅雨前にリヤカーにエンジン式の殺虫剤噴霧器が街を巡回し側溝(当地ではミゾッコと言っていた)にもうもうと殺虫剤を噴霧していた。

 さて、行政ならそんな機械も所有できるが一般家庭では手押しポンプ式のフマキラー(うちのばあちゃんは「ふまきら」と言っていた)が普及していた。

キーコキーコという音と共に庭や家の周りのガラクタの陰などに撒いていた光景を思い出す。

まあ、言ってみれば大き目の水鉄砲 or 霧吹きみたいなものである。

スプレー缶式の殺虫剤はまだなかったが、考えてみればこの手押しポンプ式の方がフロンによる地球温暖化も引き起こさずに済んだのだから皮肉なものである。

また、スプレー缶の不用意な扱いによる爆発事故も発生しないし、なによりもLPGなど封入ガスもいらないのだ。

省エネが叫ばれている今このメリットは大きい。

おまけに腕の運動にもなるってか?

「人間は楽したがる生き物である」が人力の道具には色々とメリットがあると思うので、殺虫剤業界も再び「手押しポンプ式ふまきら」を復活させてはどうだろうか。

昭和を風靡した音響装置とは2

えー、それはカセットテープです。

これを知らない人は100万人に一人さえいないでしょう。

ケースに収納されているために持ち運びや取り扱いが飛躍的にしやすくなったところが受けて大大ヒットとなりました。

ネジは産業の米といわれますが、さしずめカセットテープは音楽のパン・・・?といったところで「音楽を持ち歩く」ことが出来るようになり、常時音楽を聴くことができるようになった功績は大変大きいと思います。

音質も徐々に改善されていき、クロームやメタルといったハイファイなカセットテープが生まれました。

ろくたち音楽好きはカセットテープ購入にかなりの小遣いを当てていました。

カセットの取り扱いの簡便さの魅力をさらに携帯性にまで発展させたことで一大センセーションを巻き起こしたのが、これまた皆さんが知っている「ウォークマン」でした。

携帯音楽プレーヤー幕開けの時代でしたねー。

その後音質向上のために、ビデオテープぐらいの大きさのエルカセットというものが開発されたのですがこちらは大きさがあだになって短命に終わりました。

やっぱり「小さいこと」がカセットテープの一番の価値だったのですね。

しかし一世を風靡したカセットテープも接触式のために磨耗劣化することは避けられず、その後の非接触式のCDにとって代わられていくのでした。

昭和を風靡した音響装置とは

平成の現代、音楽を楽しもうと思ったら、DVDかmp3ですよね。

ろくはCD・DVDまではなんとかついていけましたがmp3になるともういけません。

なにがどうなって音が出るのかさっぱり理解できましぇ~ん。

その点レコードやテープは理屈がわかりやすかった。

音溝と針・磁気テープとヘッドが擦れあう接触式でしたからね。

CD・DVDもレーザー光線を針やヘッドの代わりに接触させて読み取っているらしいです・・・・・

でもmp3はその原理がわかりません・・・・っていうか知ろうともしていないのかも・・・

「面倒くさそう!!」と放棄していますね。(笑

さてろくが一番お世話になった音響装置はカセットテープです。

今1000本ぐらいあるんじゃないかなぁ。

父親の時代ならオープンリール形式なんですが、あれは確かに取り扱いが面倒でした。

それに比べて・・・・・あ、出かける時間なのであとはまた明日にします。

ヤナギゴオリとは?

ヤナギゴオリ

現代の若い人は多分全く知らないと思うけど「ヤナギゴオリ」ってしっていますか?

正確には漢字で「柳行李」と書きます。

コリヤナギという木の樹皮をはいで、細く裂いて乾燥させたものを材料に編み上げた物入れの一種です。

現代のダンボール箱のように、引越しの時や、旅行の時に使われていました。

軽くて丈夫な箱のため昭和30年代にはまだまだ現役で使われており、各家庭には必ず一個はあったのでは?

ろくもかくれんぼの時にこの「ヤナギゴオリ」の中に隠れた思い出がありますが、こんな漢字の名前だというのは最近になって知りました。

ヤナギは「ははーん材料の木の種類だな」とは推察できますが、コウリが行李とは・・・

旅行の際に荷物を運搬するのに使われたので「旅行に持っていく荷物」または「旅の支度」という意味だそうです。

つまり昔のスーツケースなわけです。

言い得て妙とはこのことでしょうか。

今ではほとんど見かけなくなった「柳行李」・・・兵庫県豊岡市が産地らしいが、まだ生産されているのだろうか・・・

雨雨ふれふれ母さんが~

蛇の目傘

「雨雨ふれふれ母さんがぁ~~じゃのめでお迎えうれしいなぁ~ピチピチジャブジャブらんらんらん!」という歌、知ってますよね。

この「じゃのめ」って「じゃのめ傘」のことなんだけどその意味を知ってびっくりしました。

漢字で書くと「蛇の目傘」なんですね。

蛇(へび)の目ですよぉ!

これは中張り傘に付いている白抜きの部分が蛇の目のように見えることから来ているといわれています。

今では紙と竹を使用している細身の和傘を総称して蛇の目傘と呼ばれています。

つまり金属製の洋傘ではなく、紙と竹でできていて目玉模様の物に限り「蛇の目傘」を名乗れるわけですね。

ろくが、幼稚園に通っていた昭和39年頃には、もう洋傘が普及しており和傘は見たことがありませんでした。

耐久性は洋傘の方があるとは思いますが、和傘の雰囲気・・・特に雨粒が当たる「パラパラ」という音は実にいいと大人になって初めて感じました。

最近では職人さんも減ってしまっているようですが、「蛇の目傘」は後世に残していってもらいたいものですね。
 

自分の姿が動く!8ミリブーム

8ミリ

昭和30年代にはビデオはなく、自分の姿を見るには「鏡に写る」か「写真に写る」しか方法はなかった。

ところが40年代に入ると「8ミリ映写機」というものが普及しはじめた。

ウチのオヤジものめりこんだくちで、エルモというメーカーの映写機とカメラをもっていた。

今のDVDなどとは全く方式が違うもので、平たく言えば「写真版パラパラ漫画」(わかるかな?)というようなもので音声は出なかった。

しかし、無音であっても「自分が動いている姿」を初めて見る感動はすごいものがあった。

誰もが感動したらしく当事「8ミリ」は爆発的にヒットし、観光地に行けば皆が8ミリを手にあちこちで撮影する姿を見ることが出来た。

さて、撮ってきたものを見るまでには現像に出さなければならず、一週間ぐらいしていよいよ上映する時は家族みんな固唾を呑んで見守っていた。

部屋を暗くしてスクリーンを設置(たいてい寝具のシーツが使われた)するなどビデオとは比較にならないめんどくささだったが、その準備も楽しかった。

先日観光に訪れた景色の中で動く自分たちの姿、記憶だけではすぐに薄れてしまうあの出来事、この様子・・・・それは本当に画期的なものだった。

皆さんも思い出があるだろうが、フィルムを逆回しすると滑り台を逆に「滑り上っていく」面白い映像になるので父にせがんだものだ。

あれから25年後ビデオテープが開発普及し、さらに20年後の現代ではDVDだ。

隔世の感がするのはろくだけではないだろう。

消しゴム?ゴム消し?

消しゴム

誰もが日常的に使うものに「消しゴム」があるよね。

その使い心地が今と昔(といっても昭和30年代だけど)と随分違うのをご存知かな?

現代の消しゴムは実は「ゴム」といってもプラスチック製なのだ。

ポリ塩化ビニルなどからできているらしいが、これは筆箱などに永く仕舞いっぱなしにしておくと溶けてくっついちゃったりする。

可塑剤とやらのイタヅラらしいがそのトラブルを回避するために紙のカバーが巻かれてるんだって。

一方、昭和30年代までは「本当のゴム」で消しゴムはできていた。

消し心地はザラザラした手ごたえで粉っぽかった。

匂いもいかにも「ゴム」(当たり前か・・)って感じで今のようにフルーツの香りなんて練りこまれていなかった。

肝心の字を消す性能もプラスチック消しゴムより劣っていたようだ。

また、イラストのように砂を練りこんだ灰色の「砂ゴム」がついたものもあって、これを使いすぎると、紙が破れてしまうし、跡がザラザラになるのでよく爪でこすってキレイにしたものだ。

現代人は普通「消しゴム」ってよぶよね。

消しゴムが「ゴム」だった頃の年配者はなぜか、よく「ゴム消し」と呼んでいた記憶があるのだが・・・

ほっこり練炭火鉢

練炭火鉢

昭和30年代を代表する暖房器具といえば練炭火鉢にとどめをさします。

図のように二重構造の容器に石炭クズを固めて成型した「レンタン(練炭)練って作るらしい・・・」という燃料を入れて燃やすわけです。

練炭には燃えやすくするために穴がたくさん開いており、子供心にも「美しいなぁ」と思っていました。

また、一酸化炭素中毒には気をつけなければなりませんが、石炭の燃える匂いはある種独特な魅力もあるのです。

暖房として12時間も燃えるのがいいね。

また調理するのにもよくて、特に煮込み料理には練炭火鉢ほど適しているものはありません。(ベタ褒め)

暮れの時期にはよくバアちゃんがおせち用の黒豆をコトコト煮ていました。

ウチにあった練炭火鉢は群青色のものでどっしりとした陶器製でした・・・今も倉庫にしまわれています。

ゴトクもよくできていたなあ・・・三点支持が最も安定性がよいのはご存知のとおり。

大きな鍋に目いっぱい水はって一日中ぐらぐら沸かしてもびくともしません。

加湿器がわりになるし、「いつでもお湯が沸いている」というのはいいもんです。

うどんだってすぐたべられますよぉ。

新世代の薪「オガライト」

オガライト

オガライトを知っているかな?

昭和30年代には風呂は薪をくべて焚く五右衛門風呂が一般的であった。

ガスによる風呂焚き方法は昭和40年代に入ってからである。

五右衛門風呂には当然、燃料として薪が必要だ。

昭和30年代は戦争で禿山になったところに盛んに木が植えられた時期でもある。

しかし、植林しても切り出せる太さになるまでには何十年もかかることから、「木を少しもムダにしない」風潮がでてきた。

そこで開発されたのがオガライトである。

これは製剤所から大量に出るオガクズを固めた新型燃料だった。

図のように六角形をして、穴が開いている。

ちょうど鉛筆に芯を抜いた物の巨大版(直径7センチ位)と思ってもらえればよい。

本来捨てるしかなかったオガクズを固めたので今で言うリサイクルだしエコロジーでもあった。

どんな結着剤を使っていたかは知らないが、自然の薪と違って形も一定、長さも一定、重さも一定・・という規格が揃っているのがメリットで、積み上げておくにも燃やすときにも使いやすかった。

原油値上げで石油資源の先行きに暗雲が立ち込めている今、再びヒット商品になる可能性を秘めていると思うがどうだろう。

ただ、結着剤の成分が気になるところではある。

蓄音機?いいえレコードプレイヤーです。

レコード

DVDやCDが当たり前の現代からはとても想像できないでしょうが、昭和30年代の音楽を聴く道具はイラストのレコードプレイヤーでした。

それ以前は電気信号を使わない「蓄音機」でレコード盤に刻まれた音溝の振動を機械的に共鳴膜に伝えて、ラッパで音量を増幅させるものでした。

もちろんレコード盤の回転も手回しか、バネに力をためこんで回していました。

昭和30年より少し前には電気モーター式が普及して庶民も気軽に聴けるようになっていました。

ろくのウチにあったのは全身灰色プラスチックにターンテーブルのゴムマットはいかにも「生ゴムです!」といわんばかりの朱色のような色でした。

ゴムベルト駆動になる前のものでターンテーブルの内側にモーターのローラーをじかに当てて転がすというなんとも荒っぽい作りでありました。(でもほとんど音のヨレを感じなかったのはやっぱり子供だったせい?)

よく父親が童謡のレコードを買ってくれました。

ザーザーという無音部分が今でも耳の奥にのこっています。

その後電子制御によるモーター直結式(DD)全盛時代になり、CDになり、さらには回転体のないmp3なんてある時代になりました。

もう僕は完全に浦島太郎の心境です。

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