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昭和30年代の行事

昭和35年の宝くじ

宝くじ

昭和20年に登場した「宝くじ」、当時は米一升70円の時代に1等賞金が10万円だったそう。

その2年後には賞金が100万円にひきあげられた。(国産乗用車が20万円の時代)

昭和29年にはさらに賞金が引き上げられ400万円になり宝くじの人気が爆発する。

平均給与が15000円の時代だから22年分にあたるのでいかにその金額が大きかったかわかる。

それが、ろくの生まれた年(昭和35年)の「福の字宝くじ」では賞金が500万円だもんっ!!

いかにこの時期、景気が右肩上がりだったかがわかる。

現代では賞金3億円かぁ・・・

一生遊んで暮らせるね  (^_^)

毎回200人単位で当選者が出てるはずなんだけど「当たった人」ってきいたことない。

きっと当選したことをひた隠しにしているのだろう。

ろくも当たったら絶対誰にも言わないなっ  (^_^)

昭和30年代の大晦日

除夜の鐘

昭和30年代生まれの「ろく」にとっては、大晦日の思い出といえば間違いなく「紅白歌合戦」とそのあと11時45分から放送される「ゆく年くる年」でした。

紅白歌合戦は当時の日本国民のほとんどが見るオバケ番組だったので当然なのですが・・・

子供にとっては一年に一度許された「親公認の夜更かし」

でも、紅白歌合戦の最後まで眠らずにいることは至難のわざで、心地良いコタツで幾度眠ってしまったことか。

なので、「ご~んっ」という鐘の音と共に見る「ゆく年くる年」は、子供なりに「眠さとの戦いに勝った」達成感とおごそかな新年の雰囲気がミックスされたとても独特な時間でした。

大人になるにつれ「夜更かし」は当たり前となり、午前零時を迎える感動は薄れてしまうわけですが、親の立場になって「紅白歌合戦の途中で眠ってしまう子供」を見ると、つくづく「ああ・・自分もそうだったな~」と思います。

現在は他にも色々な番組があるので「大晦日の過ごし方」は当時とは違ったものになっていることでしょう・・・子供たちの「新年を迎える気持ち」はどうなっているのでしょうか?

昭和30年代のクリスマス

クリスマスの手作りろうそく

今日はクリスマスイブということで巷は浮かれているんだろうけど、ろくは腰を痛めて最悪の状態だ。

「サンタのおじさん腰痛にならない魔法の処方箋をプレゼントしてくださ~いっ!」

昭和30年代のクリスマスイベントにはもうすでに電飾のクリスマスツリーが各家庭に入ってきていました。

高さは50センチくらいでもちろん今のようなLEDの電球ではなく「ムギ球」といわれる小さな電球に色とりどりのプラスチック製花弁がついて「光る花」を演出していました。

時代がプラスチック全盛期だったので葉っぱからサンタさんや星の飾り物までほとんどがビニール製でした。

石油文明に警鐘が鳴らされている昨今はすこし自然素材のツリーに変わっているのかなぁ。

さっきNHKで「ターシャのクリスマス」という特番をやっていました。

世界的に有名な絵本作家ターシャおばあさんの手作りクリスマスの様子でした。

何ヶ月も前からローソクを作ったり、ツリーに下げる飾り物を作ったりする様子は日本の「お手軽クリスマス」とは対極の精神世界を感じさせました。

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