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昭和30年代の公衆電話

昭和30年代の公衆電話

公衆電話

昭和30年代の公衆電話ボックスは上の図のようでした。

天井部分は赤、その他の部分は肌色だったと記憶しています。

ちょうど同時代の特急電車と同じ色だったのにはなにか理由があるのかもしれません。

また、中に入っていた電話が赤だったのか黒だったのかは当時就学前の子供だった「ろく」は電話をかける必要も習慣もなかったので分かりません。

ただ、親が電話をかけている間ぼんやりとその光景を見ていたんでしょうね。

ドアノブの所がただの丸い穴だったことや、ドアノブやガラスの周囲のゴムパッキンがやたらと分厚くて、まるでオバケのQ太郎のクチビルみたいだったこと。

そのパッキンがボディと同色の肌色に塗られてはいるのだけど、はがれてひび割れて黒色のゴム生地が見えていたことが47歳になった今でも鮮明に思い出されるのだから不思議です。

公衆電話ボックスが総ガラス張りになったのがいつごろなのかは、よく覚えていませんが、携帯電話全盛になった今公衆電話そのものがどんどん姿を消しているのを見るとつくづく「時代は変わったなぁ~」と思います。

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