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昭和の文具
コーリン鉛筆
- 2008-02-23 (土)
- 昭和の文具
「この顔にピンときたら110番・・・じゃなくて貴方は立派な中年ですね。」(笑
これはコーリンという鉛筆メーカーのトレードマークなのです。
見た人は必ずドキッとし、次に???・・・・とても印象に残るマークなのだ。
昭和30年代生まれの人は必ず覚えているはず。
当時の3大鉛筆メーカーは三菱鉛筆・トンボ鉛筆・コーリン鉛筆で他にもヨット鉛筆とか地球鉛筆・ユニオン鉛筆・太陽鉛筆・プラトン鉛筆なんていうのもあったようです。
しかし、シャープペンの普及によって鉛筆は次第に使われなくなっていき、コーリンも1997年に倒産してしまいました。
マニアの中には「顔のマークが右向きから左向きに変わった時期がある」とか「コーリンの名はイギリスの美女の名からついた」とか「倒産はしたが、海外子会社がタイにあって今でも製造を続けている。」とか言われているらしい。
ウームやっぱりトレードマークと同じく謎めいた運命のメーカーだったのだなぁ・・・
今度街で探してみようか。
コーリン鉛筆はミステリアスな魅力を今でも醸し出しているのだ。
プラモデル少年には必携
- 2008-01-25 (金)
- 昭和の文具
ろくが子供の頃にはプラモ(プラスチックモデル)が大変人気で、男の子なら必ず経験があるはずだ。
戦後20年もたつと悲惨な戦争体験も薄れてきたためか戦車や戦闘機などの兵器に人気が集まっていたのがちょっとむなしい・・・
さてこのプラモデルを作るのに欠かせないのが接着剤である。
ワクワクしながらプラモの箱をあけるとそこにこの黄色い接着剤が入っていたのを覚えてる人も多いだろう。
糊しか知らなかった子供達からみるとツンと刺激臭のある透明なセメダインは「化学」の最先端を感じさせるものだった。
現在でもデザインを変える事無く(あまりに定着しすぎてデザインを変えられないらしい)売られているが、プラモデルに入っていたのは4センチぐらいの小さなものだった。
これがイラストのようにキャップが尖っていて「口先に穴をあけて使用開始」となるのだが、悲しいかな不器用な子供にとってはチューブを握り締めている為に穴が開くと同時に接着剤が噴出して泣きを見ることになるのだ。
接着剤が足りなくなったことでプラモデルを完成できなかった人も少なからずいたはずだ。
そんなこともあって一時どこかのプラモメーカーなど2個入れてあった記憶もあるような・・・・・
セメダインの名称はセメント(結合剤)とダイン(力を表す単位)の合成語らしいですが、当時外国製の「メンダイン」という製品があったことからよく混同されて「セメンダイン」と呼んでいるひとも多かった(特にウチの両親世代)ようだ。
なにはともあれ、プラモデルには黄色いセメダインが大活躍!赤いトンガリキャップも忘れられないのでありました。
壁新聞に大活躍
- 2008-01-24 (木)
- 昭和の文具
今でも作られているのだろうか?ろくが小学生のころは壁新聞というのを定期的に作らされていた。
班毎に分けられて学校行事やクラスの出来事などを記事として模造紙というデカイ紙に書き込むのである。
ろくは文章を書くのが苦手で壁新聞を作るのは余り好きではなかったが、レイアウトや挿絵は得意だったので、そちら方面ではクラスの期待をしょっていた(ように思う・・・)
さてこの壁新聞にもっぱら使われたのが皆さんご存知の「マジックインキ」だった。
模造紙に書くのだから油性のマジックインキである必要性はなかったと思うのだが、これはひとえに「太い線が引ける」ということが買われて多用されたと思われる。
だって想像してみて、畳のように大きい壁新聞に一文字3センチ角ぐらいのでかい文字を書くのである。
鉛筆みたいに細い線だとインパクトがなく消え入りそうな弱々しさを感じてしまう。
「なんにでも書ける」のが最大の特徴だったけれどあの太さもヒットした原因だろう。
その後塗り面が2センチもある「極太」マジックも登場したりしていることからもいかに「太字」の需要があるかがわかるね。
さてイラストのものが昭和30年ごろの姿で、これが今でも変わっていないところが面白い。
容器がガラスびんなのは揮発性の高いインキを密封する為には当時の加工技術では金属よりびんが信頼感があったのかもしれない。
ただフタをよく締めておかないとすぐダメになってしまうが、きつく締めると今度開けるのに苦労する。
この欠点が未だに改良されていないのには何か理由があるのだろうか?
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