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「夕暮れ時は寂しそう」ってフォークソングもあったっけ

あ

昭和の時代が脚光を浴びています。

しかし、太平洋戦争前に生まれた昭和世代と戦後の昭和世代とでは思い出や感想に大きな違いがあることでしょう。

私こと「ろく」は、昭和35年生まれなので食料不足も幸い経験せず高度経済成長と共に育ってきました。

なので平成に変わって20年が経とうとしている現在、昭和の時代を振り返ってみると「いい時代だったなあ。」とかんじます。

裕福ではなかったけれどそこそこの暮らしができるまさに「1億総中流」でさらに発展が期待できる「夢」がありましたからね。

なにより、戦争のない「平和」ということがどれほどありがたい事か身にしみて日本人は復興に喜びを感じていたんだと思います。

「三丁目の夕日」という映画が大ヒットしています。

「ろく」も1作目を見て自分の思い出と重なってとても懐かしい感動がありました。

夕暮れ前のお腹をすかして家路を急ぐときのなんともいえない空気感やにおいが40年ぶりによみがえったりしました。

今でも目に焼きついているのは、木製の電信柱と白く丸いお皿のようなシェードを被った街灯です。

当然裸電球式のものでした。

感光センサーなどない時代ですから、日が暮れると近所の人が点灯するようにスイッチがついていたように思います。

お世話する人がいたということですよね。

昭和は、ご近所のつながりが本当に温かかったいい時代でした。

今書いててふと感じましたが、「電信柱」と「裸電球」という言葉・・・もはや使いませんよね。

現代では「電柱」と「電球」が一般的ですね。

昔の「電信」には「貴重な電気」(あのころはまだランプ生活の田舎も数多くあった)という意識が、「裸」には壊れやすい(切れやすい)物だけに「取り扱いに注意しなくては」という意識が込められていたように思います。

裸電球の灯った木の電信柱の脇を通って我が家に帰るときのわびしさ(お腹がへっているので)は、ありありと覚えています。

Comments:1

pafu 07-12-12 (水) 18:59

ろくさん
画が上手ですね、道間違えたのでは?でも懐かしいですね、昔は電信柱(でんしんばしら)と言ってましたね。

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